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    男はじろじろと房一を見ていた。

    「うん」

    男は面喰つて何を云はれているかはつきり判らないらしかつた。房一はその眼の中をしつかりとのぞきこみながらつゞけた。病院づとめの生活で、房一は患者の気持をのみこんでいた。たとへ病気がはつきりしなくても正直にありのまゝを云ふのは禁物だつた。病人は何か断定を欲するものだ。今の場合は別だが、十二指腸虫といふ名前さへろくに知らないこの男に、いきなりその病源を云つたところで疑はしく思ふのは明かだつた。

    と、練吉が引つたくるやうにとつてしまつた。

    練吉はさつきから一人で喋つていた。

    「鬼倉といふのは女を二人置いとるさうぢやないか」

    「おれはまだ一本立ちの医者といふわけにはいかない」

    その場に居合せた道平を見かけても、小谷はあんまり紙衣裳に気をとられていたので、それが大病の後でやつと起き出した珍しい姿だといふことに心づかなかつた。が、大分たつて思ひ出した小谷は、

    「どうして又今まで黙つていたのかね」

    彼は先だつて房一から全快祝ひに贈られたセルの上下を、仕立下したばかりのものを着こんでいた。夏からふた月あまり寝こんだとは云へ、日焼けの浸みこんだ黒い皮膚の色は容易にとれないと見えて、今もそれが真新しいセルの、明い地色と際立つた対照をなしていた。

    「いや、たいしたことはないだらう、と思ふ。鼻血を出したからね。軽いとは思ふんだがどうも老としよりだから経過しだいでは副次症を起さんともかぎらんしね。そのへんのことが僕にはよく判らないんだ」

    「つい今日まで挨拶にも行かずじまひになつてね、どうも済まなかつた」

    顎から後頭部にかけてと背部と二所を大きく繃帯でぐるぐる巻きにされた男は、やがて待合室へつれて行かれ、ごろりと転がされた。はじめからしまひまで一言も口を利かなかつた。

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