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    ――彼は医者である。免状もある。開業もした。患者もどうにかつきはじめた。職業的には立派に医者としての条件を具へつゝある。だが、河原町ではそんなことは通用しないのだ。何か別のものが、職業上の条件以上のものがここでは必要だつた。

    だが、このはてしのない遠慮深さは気持の悪いものではなかつた。

    「うむ、判る?――ね?」

    ふいに、彼は頭を上げた。

    徳次は口のあたりをもごもごさせた。

    「わたしやア――」

    まだぎこちなく坐つて伏目に固くなつている堂本の様子から、自分が誰かといふことは判つてはいるのだなと思つた房一は、

    「さうだつてねえ」

    黒い影はぴよこりとお辞儀をした。それから台所から射す光りの中に全身を現すと、それを眩しがつているとも照れたとも見える表情を浮べながら近づいた。

    と、小谷は目を丸くした。欲しさうだつた。すると、逸早く、

    「あなたは、多分――」

    小谷はしばらく放つていた糸を手許にひきよせて、水の中の鮎を眺めながら云つた。

    「じゃそのお松まつと言う女はどうしたんです?」

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